海外駐在員のメンタルヘルスを守れていますか? 経営者・人事が知っておくべき「見えないリスク」

2013年、海外出向した方が、赴任から3ヶ月でお亡くなりになられました。赴任後にうつ病を発症されていたとみられました。労働災害と認定されるまでに3年、遺族が損害賠償を求めてから13年後の2026年、大阪高裁でようやく和解が成立しました。

海外出向中であっても、出向元企業の安全配慮義務は免除されない。この結果は、すべての海外赴任者を抱える企業への注意喚起です。


数字で見る「海外駐在員メンタルヘルス」の現状

日本人の研究ではありませんが、あるシステマティックレビュー(17カ国・44,365名)では、海外就労者におけるうつ病の有病率は約39%、不安障害は約27%と報告されています(Hasan et al., 2021)。また、駐在員の不安・うつ病のリスクは、国内勤務者の2.5倍に相当するとの報告もあります(Truman et al., 2011)。


なぜ海外駐在員のメンタルヘルスは悪化しやすいのか

1. 赴任後に訪れる危機

赴任直後は新環境への新鮮さがあります。しかし数ヶ月後、孤立感・意欲低下が生じる時期が訪れるとされています(Black & Gregersen, 1999)。

2. 少人数赴任ゆえの業務過多

見落とされがちな要因として、海外拠点の人員の少なさがあります。国内では複数人で分担している業務を、海外では1〜2名でこなすケースが珍しくありません。現地語対応・関係機関との折衝・本社への報告業務が一人に集中し、労働時間が自然と長くなります。さらに時差があるため、業務終了後も本社対応が続くという「二重の勤務」状態に陥りやすい構造があります。

3. 家族の不適応のプレッシャー

共働き世帯で海外赴任が決まった場合、配偶者の現地就労を認めている企業は多くないのが実情です(日本経済新聞, 2025年2月)。キャリアを中断せざるを得ない配偶者の不満や喪失感は、家庭内のストレスをさらに高める要因になり得ます。同伴パートナーが孤立・高ストレスにさらされやすいことは研究でも示されており(Klafehn et al., 2025)、家族の現地生活の適応が難しい場合は駐在員本人の業務にも影響を及ぼします。

4. サポートの二重の空白

日本の本社とは時間・物理的な距離があり、現地の上司も多忙のため相談を躊躇せざるを得ないことがあります。また、駐在員は業務上の評価や家族を巻き込んでいる責任感から、会社でも家でも弱音を吐けないという孤立に陥ることもあり得ます。

5. 精神科的リスク評価の難しさ

健康診断では身体所見を確認しても、精神的なリスク評価は法定健診の項目外です。既往のメンタルヘルス問題が赴任後に顕在化するケースも少なくありません(Foyle, Beer & Watson, 1998)。しかし、事前にリスクが低いと考えられた人でも赴任後に不調をきたすことはあり得るので、事前評価も絶対とはいえません。現地での働き方の検討は必須です。


日本の労災補償の海外空白?

海外駐在員は数十万人規模とされる中、過去5年間の海外勤務者の過労による労災認定はわずか11件です(日本経済新聞)。労災制度が海外赴任に適応されづらい背景には、特別加入制度の認知不足、業務実態の証明困難、海外特有のストレス要因の評価不能など、多くの構造的な壁があります。だからこそ、企業が独立した相談窓口を設けることが重要だと、私たちは考えています。


企業・人事が今すぐできること

赴任前

対策内容
業務量の事前設計1名に集中しすぎる業務範囲を赴任前に明確化・分散設計する
家族も含めた説明会配偶者・子どもの適応リスクについて事前に情報提供する。外部機関の利用も有用。
EAPの事前整備現地でも使える健康相談先を準備しておく

赴任中

対策内容
定期オンライン面談産業医・保健師による3〜6ヶ月ごとのフォロー
労働時間の可視化時差対応を含めた実労働時間を本社が把握できる仕組みをつくる
相談窓口の設置本人・家族が匿名で相談できる媒体を整備する
ラインマネジャーへの教育不調の早期サインを上司が認識できるようにする

帰国後

対策内容
帰国後の職場環境への適応支援帰国後の職場環境に適応し辛いことがあるのも見落とされやすいリスク
キャリアのフォローアップ帰国後の役割が不透明だとモチベーションを保ちにくい

産業医として伝えたいこと

海外赴任者のメンタルヘルスは、本人の適応力の課題のみならず、企業が整備すべき労働安全衛生の課題です。

2026年の訴訟和解事例が示したように、海外出向であっても企業の安全配慮義務は免除されません。現行制度では問題が起きてからの対応は難航します。いわずもがな、法的義務だからということではなく、海外赴任を任せられるような優秀な人材の健康的損失を最小限にしたいというのは誰しもが願うことではないでしょうか。(海外赴任の有無に関わらず、働くすべての方々の健康を保ちたいというのは当然の想いです)

「海外駐在者が少ないから」「優秀な人材だから大丈夫」という、ある意味運任せの対応では心配です。海外赴任者は少人数であるからこそ、一人ひとりへの負荷は大きくなります。そして、メンタル不調は誰にでも起こりうるという前提を忘れずに、企業の皆様にはご対応いただきたいです。


まとめ

  • 海外駐在員は国内勤務者の2.5倍メンタルヘルスリスクが高いとの報告がある
  • 少人数赴任による業務過多・時差対応が見落とされやすい構造的要因
  • 日本の労災制度は海外に届きにくく、企業の自律的な対策が不可欠
  • 赴任前・赴任中・帰国後の三段階のサポート体制を整えることが求められる

海外赴任者のメンタルヘルス支援について、産業医・保健師によるオンライン相談や体制構築のご相談を承っております。




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銀座東産業保健事務所では、精神科専門医・旅行医学会認定医を持つ産業医が健康相談サービスをご提供しております。まずはお気軽にご相談ください。


出典・参考資料

  • Truman, S. D., Sharar, D. A., & Pompe, J. C. (2011). The mental health status of expatriate versus U.S. domestic workers: A comparative study. International Journal of Mental Health, 40(4), 3–18.
  • Hasan, M. T. et al. (2021). Prevalence of common mental health issues among migrant workers: A systematic review and meta-analysis. PLOS ONEPubMed
  • Black, J. S., & Gregersen, H. B. (1999). The right way to manage expats. Harvard Business Review, 77(2), 52–63.
  • Klafehn, J. et al. (2025). Expatriation stressors and the well-being of accompanying partners. PMCPMC
  • Foyle, M. F., Beer, M. D., & Watson, J. P. (1998). Expatriate mental health. Acta Psychiatrica Scandinavica, 97(4), 278–283.
  • 日本経済新聞「海外勤務の過労死、労災補償の課題」2025年4月
  • 日本経済新聞「海外駐在、配偶者の就労制限が招く人材リスク」2025年2月