医師の働き方改革 ― 労災不認定が覆る 大学病院勤務医のくも膜下出血、東京地裁で業務起因性を認定
2024年4月から「医師の働き方改革」が本格施行され、医療機関における長時間労働の是正が社会的にも大きな課題となっています。そのような中、勤務医の過重労働と健康被害をめぐる重要な司法判断が示されました。2026年3月16日、東京地方裁判所は、都内の大学病院に勤務していた男性医師がくも膜下出血を発症し寝たきりとなった事案について、労働基準監督署が行った労災(労働者災害補償保険)不認定処分を取り消す判決を下しました。これからの医師の働き方と健康管理の上で重要な判決と考えられます。
1. 事案の概要
原告となったのは、発症当時48歳の男性医師です。都内の大学病院で緩和ケア科の常勤医として勤務しており、実質的に科をひとりで支える立場にありました。2018年11月8日、この医師は勤務中にくも膜下出血を発症しました。意識障害と麻痺による拘縮、言語機能の障害が起こり、現在は24時間介護と日常生活全般の介助を必要とする状態です。当時労災申請を行いましたが、所轄の労働基準監督署は、宿直勤務中の6時間の休憩時間(仮眠・待機時間)を労働時間から除外したうえで、くも膜下出血は業務に起因するものではないとして労災を認めませんでした。
今回、東京地裁はこの労基署による不認定処分の取り消しを指示しました。判決の核心は以下の点にあります。
・宿直中の待機時間を「労働時間」と認定した点です。国(労基署)は宿直中の6時間の休憩を労働時間から除外していましたが、裁判所は実質的に病院からの呼び出しに応じる必要があり、自由利用が保障されていないとして、その全時間を労働時間と評価しました。
・発症前の時間外労働が月平均107時間10分に及んでいたと認定し、厚生労働省が示す「過労死ライン(発症前2〜6か月におおむね月80時間超の時間外労働)」を大幅に超えていたと判断しました。
・連続勤務日数の長さ、拘束時間の長さ、緩和ケア科をひとりで担っていたという業務上の責任の重さを総合的に考慮し、業務と発症との間に因果関係(業務起因性)があると結論づけました。
2. この判決から医療機関・医師が考えることは
- 宿直・オンコールの労働時間性の再評価:従来、医師の宿直については労基法41条3号に基づく断続的労働として労働時間規制の適用除外とされてきた運用が広く残っていました。しかし近年の裁判例は、実態として通常業務と変わらない対応を求められる宿直は労働時間であるという方向性を強めています。
- 医師の時間外労働の上限規制と過労死ラインとの整合性:2024年4月から施行された「医師の働き方改革」で医師の時間外・休日労働の上限規制では、原則A水準で年960時間以下、地域医療確保暫定特例水準(B水準)および集中的技能向上水準(C水準)で年1,860時間以下とされています。しかし、年1,860時間は月平均155時間に相当し、脳・心臓疾患の労災認定基準(月80〜100時間超)を大幅に上回ります。制度上合法とされる労働時間であっても、発症すれば労災認定され得るという構造的なリスクを、医療機関の管理者はご認識いただく必要があります。
※参考:厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定」 - 一人体制の診療科に潜むリスク:今回の事案では、医師が緩和ケア科を実質的に一人で担っていたことが、業務起因性の判断で重視されました。少数スタッフ・一人体制の診療科は代わりが聞かず、休暇取得や時間外労働の抑制が困難になります。人員配置そのものが安全配慮義務の問題となることを、この判決は示しています。
3. 医療機関がいま取り組むべき産業保健上の対策
- 勤務時間の実態把握:タイムカード・ICカード・電子カルテのログなど客観的記録に基づき、宿直・オンコールを含めた実労働時間を可視化することが不可欠です。近年はしっかり管理なさっている医療機関がほとんどですが、自己申告のみの運用は訴訟においてもリスクとなることをご留意ください。
- 産業医による面接指導:月80時間超の時間外労働を行った医師への面接指導は労働安全衛生法上の義務ですが、医師自身が面接対象となる場合、「医師が医師を診る」難しさがあります。第三者性を担保した産業保健体制と、脳・心血管リスク評価(血圧、脂質、HbA1c、既往症など)を組み込んだ健康管理が求められます。
- ハイリスク者への早期介入と就業措置:高血圧・睡眠不足・喫煙などのリスクが重なる医師については、当直制限や業務分散などの就業上の措置を、産業医意見に基づき講じる仕組みづくりが必要です。
- 一人診療科のリスク:専門性の高い人材が集められずに現実的に難しいこともありますが、診療科のシングルチャージ(一人主治医・一人診療科)体制の解消も、安全配慮義務の観点から計画的に進めるべき課題です。
4.当社で提供できるサービス
当社では医療機関(総合病院、医療法人クリニック)の産業保健に携わっており、以下のようなご相談・ご支援を行っています。
- 長時間労働医師への面接指導
- 脳・心血管疾患リスクのスクリーニングと就業判定
- 宿直・オンコール体制の医学的リスク評価と、働き方改革の制度設計支援
- メンタルヘルス不調者への復職支援
- 病院経営層・人事労務担当者への研修、安全衛生委員会運営支援
医師の働き方改革は制度を整えるだけでなく、現場の一人ひとりの医師の健康を守る運用に落とし込めてこそ本質的な意味を持ちます。健康を支援する医師が、少しでも健康に働ける体制づくりをサポートいたします。
まとめ

病院・クリニック・医療法人等で、産業医選任、長時間労働者面接、健康管理体制の見直しをご検討中の担当者様は、ぜひ当院までご相談ください。医療機関特有の勤務形態を踏まえた、実効性のある産業保健体制の構築をお手伝いいたします。
出典・参考
・厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定」
・労働委員会関係 命令・裁判例データベース(厚生労働省)
・厚生労働省 報道発表資料 2026年3月
・日本経済新聞「寝たきりは長時間労働原因 東大医師、不支給取り消し」
※本記事の画像はAIで作成しています
